私が20代の頃、出版社の仕事をフリーで受けていました。
黒柳徹子さんのトットちゃんシリーズなど書籍を編集した、感性鋭い女性方がいました。
彼女は、私の母と同じ年で、沢山叱られ、可愛がられ、、、、。
私は、彼女から沢山の事を学びました。
ある日、彼女は私に質問してきました。
「死をテーマにした本を作りたいけど、あなたどう思う??」
その当時は、書籍のタイトルに「死」があるだけで、その本は売れない。
死は、ダブーとされいました。
私の時代は、すでに日常から死は隠れた時代です。
80年くらい前の日本人は、7割の人が家で生まれ、7割の人が家で家族の中で亡くなりました。
現代は、死は生きる場所から隔離され、漠然と死という言葉だけがあります。
だから、人は死を感じる事がないので、怖いものと蓋しています。
半分は現実の中で生き、半分は架空の世界です。
それが、現代アートに表れていると感じます。
「感覚」
これは、人類の共通する意識です。
共通するから、人に伝わる世界です。
そこに、個性だとか、オリジナリティーなど、固定する世界を頭で作っても無理があります。
そては、日々人は変化しているから、、、。
人は自然の一部なので、人間だけ変わらないのは不自然です。
日本人が忘れている感覚。
中国シンセンの滞在中に見た風景は忘れられません。
スーパーに入ると、お肉屋さんでは豚がそのまま吊るされ解体されていました。
コンクリートは、真っ赤に染まり。
血の匂いが充満している中で、果物があり、野菜があり、パンまで並んでいます。
トイレも、綺麗と言えない状態です。
人の排泄物も、綺麗なレストランの横にあったり、、。
観光都市ではないので、ありのままの姿を経験でき、そこの土地の暮らし方を見る事が出来ました。
人が見たくない世界は、日本では消されていますが、、、。
中国シンセンは、土地の人は暖かく、パワァーがありました。
私は、忘れていた感覚が蘇るような時間でした。
「アートとは本音」
美術は、表現者の本音が出る場所です。
人前で、その人が裸で立っていると同じ状態で、その人の瞬間の姿です。
人の美しさは、何か?
生命なのか?
または、貴方は別なモノか?
人は、瞬時にその本音がでます。
わがままに、自分の本心に従えば、谷底に落ちる事もあると思います。
自分の心に忠実に生きる苦しさは、きっと大きな発見と喜び、成長があります。
晩年に、花が咲こうがそれはどうでもいい事だと考えています。
本音に磨きがかかれば、何とかなるでしょう~~^^ 常に前向き、心は上昇中です!